写真家 沢田教一展 - その視線の先に

1965年からベトナム戦争で米軍に同行取材し、最前線での戦闘や兵士の表情などを数多く写真に収めた写真家、沢田教一。妻・サタさんの協力のもと、傷つく市民や故郷・青森の風景、東南アジアの人々の笑顔などを撮影した沢田の眼差しにもスポットをあて、34歳で殉職した沢田の業績をたどります。

 

沢田さんは、ベトナム戦争で川の中を逃れる家族の写した「安全への逃避」(1965年)でピュリツァー賞と世界報道写真大賞を受賞した世界的な写真家です。また、彼はライカを愛用していたことでも有名です。

 

1967年にはライカM3を3台、ライカM2を2台、ライカM4を1台とボディー6台を所有、レンズはスーパーアンギュロン21mmF3.4、エルマリート28mmF2.8、ズミルックス35mmF1.4、ズミクロン35mmF2、ズミクロン50mmF2、エルマー50mmF2.8、ズミクロン90mmF2、エルマリート135mmF2.8などを揃え[22]、これを黒塗りにした50×30cmほどのゼロハリバートンに入れて使用していた。

 

ちなみに、チケットにも使用されている「安全への逃避」の写真データは「ライカM3、135ミリレンズ、トライX、1/250秒、F11」となっています。

日本橋高島屋で始まった写真展では、およそ150点の写真のほか、その後、カンボジアで銃弾を受け、34歳で亡くなった沢田が使っていたカメラやヘルメットなどの遺品も展示されています。

この展覧会は8月28日まで開かれています。